チーズプロフェッショナルへの道 その5       

 『チーズの教本』第1章 チーズの具体的な製造方法 製造第一段階 

 

🌟第一段階の全体像

製造の第一段階は、以下のような工程で行われます。

  1. 乳の脂肪分調整
  2. 乳の加熱殺菌
  3. 乳酸菌スターターの添加
  4. レンネット(凝乳酵素)の添加

 以下、上記の工程を一つずつ見て行きます。 

1.乳の脂肪分調整
 チーズ工場に原料となる乳(多くの場合は牛乳)が搬入された後に行われるのは、乳脂肪分の調整。遠心分離機や乳を静置する事によって脱脂乳とクリームを分離させ、クリームの除去の程度によって脂肪率の調整を行います。
仕上げるチーズによって脂肪率を変える事により、口当たりや風味に変化を与える事が出来ます。例えば、フレッシュチーズやソフトタイプのチーズでは敢えて脂肪率を高めてなめらかな食感を作り出します。一方、熟成系のハードチーズでは、脂肪分が高いと脂肪の分解臭が出てしまうため脂肪率を低めに調整する事が多いです。

2. 乳の加熱殺菌
 ナチュラルチーズは、乳酸菌等の微生物がその中で生きている状態のチーズゆえ時間と共に状態が様々に変化して行き、それが大きな魅力となっているわけですが、我が国のチーズ製造に関してはその安全性の観点から無殺菌乳を使用していは行けない事が法令で定められています(乳等省令)。海外のナチュラルチーズは無殺菌乳によって作られるもや、加熱殺菌を施した乳によるものなど様々な乳を原料としたしたチーズが存在しています。無殺菌乳による製造を禁じている我が国も、輸入に関しては無殺菌乳によるチーズの受け入れが認められています(何かしらの矛盾を感じざるを得ませんが…)。
ちなみに、殺菌とは微生物の数を減らす事を意味し、全滅させる滅菌とは異なる定義で用いられています。海外の無殺菌乳を用いたチーズの製造についてはこの工程は無いわけですが、殺菌乳を使用する場合はこの工程が2番目に行われる事になります。

3. 乳酸菌スターターの添加
 次に行われるのが乳酸菌の添加です。2.の加熱殺菌の工程で熟成に有用な乳酸菌も殆ど死んでしまうため(無殺菌乳を除く)乳酸菌をスターターとして新たに投入する事になります。その工程は、

  • 培養乳酸菌の添加
  • 60-90分間で乳酸を生成させて(中温性乳酸菌は 30-32℃、高温性乳酸菌は35-38℃にて)pH値を低下させる

となります。歴史の古いチーズの場合は、前日に取ったホエイをスターターとして用いるものもありますし、液状のスターターの代わりにチーズバットに直接投入出来る粉末状の乳酸菌(Direct Vat Setcultuers : DVS)も販売されており、この部分も多様です。

4. レンネット(凝乳酵素)の添加
 第一段階の最後の工程は、凝乳酵素を投入し乳を固める作業です。乳の凝固には3つのパターンが存在しますが、ナチュラルチーズの製造に於いて最も多く使われている方法がこの凝乳酵素たるレンネットによる凝固です。少量のレンネットを投入後、 

  • レンネットが乳中に均一になるように短時間で撹拌
  • 乳の動きを止め、静置して凝固を待つ
  • およそ30分後に凝固が完成

という工程を経て、乳の凝固の完成を持って第一段階の完了となります。

🌟乳の加熱殺菌について

 食品の加熱殺菌には、歴史的に二つの大きな出来事がありますが、チーズ作りにおいてもこの二つの歴史的事象が大きな影響を与えています。

  • 1866年、フランスのルイ・パスツールが55℃でワインを数分間加熱殺菌することで異常発酵を防ぐことを発見(パスチャライゼーション)。
  • 1886年にドイツのフランツ・フォン・ソックレーが牛乳殺菌器を考案。63℃で30分が一つの目安として定着する。

 そして、現代のチーズ製造に用いる乳の殺菌に関連するカテゴリーは4つにグルーピングされます。

  1. 無殺菌:殺菌をせずに生乳を使用する場合
  2. 低温加熱処理(サーミゼーション):63-65℃で15秒加熱し速やかに4℃で冷却する方法。殺菌には至らず、最近の増殖を抑制し、乳を3日間ほど貯蔵できるようになる。
  3. 低温保持殺菌:(LTL Low Temperature Long Time)63-65℃で30分にて殺菌。
  4. 高温短時間殺菌:(HTST High Temperature Short Time)72-75℃で15秒にて殺菌。

 殺菌乳を用いたチーズ作りには、上記の3. が主に用いられています。またこのほかに、飲料用の牛乳の殺菌方法(日本の飲料用牛乳の大半)としては、超高温殺菌(UHT Ultra High Temperuture)と呼ばれる方法もあり、これは120-130℃で2、3秒ほど加熱する方法です。
 高温で加熱処理をするとカルシウムイオンが少なくなる事によってチーズがうまく凝固しない状態になってしまうため、チーズ作りには向いていません。

🌟乳酸菌の働き

 チーズは、様々な酵素や微生物の働きで時間と共に独特な風味を醸成して行く食品で、その工程を熟成と呼びます。その熟成の際、大きな働きをするのが乳酸菌。従い、チーズ製造のスターターとして用いられる乳酸菌は、チーズの一生に関与して行く極めて大きな役割を果たす微生物です。
 乳酸菌は、一般定義とすると「生育に必要なエネルギーを得るためにブドウ糖や乳糖などの糖を分解して乳酸をつくりだす細菌の総称」(全国発酵乳乳酸菌飲料協会のHPより)とされており、人類の生育には最も有益な細菌とされています。一方、『チーズの教本』内では「乳糖(炭水化物)を栄養源として主に乳酸を生成する微生物の一群の総称」と説明されています。乳酸菌の働きをまとめると、

  • 乳糖を餌として乳酸を発生させる際、カルシウムイオンを増加させてレンネット凝固を促進する
  • カルシウム架橋を切断してチーズの弾力を低下させる
  • 不要な微生物の増殖を抑制する
  • たんぱく質や脂肪を分解してチーズの風味を醸成する

 という事になります。

🌟乳の凝固に関わるpHのお話

 一般に物質の性質は、酸性、中性、アルカリ性の3つの性質があります。その性質は、pH値の大きさで判定されます。
pH値7近辺が中性で、0〜6位が酸性、8〜14がアルカリ性となります。
 pH値が下がり酸性を帯びると物質は酸っぱくなり、「酸度が上がる」という表現をします。通常、牛乳のpH値は6.8で、ほぼ中性の性質を持っていますが、そのpH値の変化と乳の凝固には密接な関係があります。

🌟凝乳の方法詳細

 乳を凝固させるには3つの方法があります。一つずつ順に見ていきます。

🧀酸凝固

 スターターの乳酸菌の働きにより、乳中の乳酸が増加すると乳が酸性に傾いて行きます。メインたんぱく質であるカゼインはpHが4.6になると凝固するという性質があり、pH4.6を等電点と呼んでいます。
 通常、カゼインの粒子(カゼインミセル)は周辺にマイナスイオンを帯びており互いに反発しあっているのですが、乳酸が発生する際に水素イオン(プラス)が増加し、プラスとマイナスイオンがそれぞれ同数になる事により反発をしなくなる結果乳が凝固する、というメカニズムによるものです

🧀熱凝固

 たんぱく質は熱編成をする性質があるため、90-98℃に加熱すると凝固します。従い、ホエイや乳そのものをその温度に加熱すると固まります。熱凝固によって固められたチーズは、乳糖由来の甘味を帯びたチーズが出来上がります(ex .マスカルポーネ、リコッタ etc.)。

🧀レンネットによる凝固

  レンネットは、そもその生後10-30日の仔牛の胃の中に存在している酵素で、母乳を固める機能を持っています。牛には4つの胃がありますが、レンネットはそのうち第四の仔牛の胃袋の中に存在しています。成牛は、第一の胃で植物を反芻して栄養を摂取しますが、生まれたばかりの仔牛にはまだ第一の胃が発達しておらず、この第四の胃にあるレンネットで乳を凝固させ、液体であるホエイと分離させそれぞれ効率的に栄養素を吸収していくというメカニズムを持っています。
 それを応用した凝固方向がレンネット凝固で、仔牛の第四の胃の中で起きている事を人工的に再現する方法と言えます。


  

 

 

 

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