チーズプロフェッショナルへの道 その3
『チーズの教本』第1章ー1 原料となる「乳」の話
チーズは動物の乳が主たる原料です。では、そもそも乳とは何なのか?この章では、その定義や成分割合、それぞれの成分の性質の基礎的な知識を習得します。
🌟乳とは何か?その定義と基本的成分
「乳」とは、哺乳類の体内で血液から作られる液体で、出産後に分泌されて仔のための唯一の食物です。仔の成長に欠かせない成分をふんだんに含み、かつそのうちのたんぱく質の一部は仔を病気から防ぐ免疫機能をも兼ね備えています。
成分は、動物とその種類によって異なりますが、チーズの原料で最もメジャーなホルスタインの牛乳の成分は以下のようになっています。
🌟それぞれの主成分の性質
🧀たんぱく質
たんぱく質は、多種のアミノ酸分子が結合したもの。乳のたんぱく質には「カゼイン」と「ホエイプロティン」の2種があります。
◉カゼイン
構造的には、多種のアミノ酸分子が網目上に繋がって糸玉のような形体をしており、通常乳中に浮遊しています。
ほとんどのチーズが製造の初期過程で固まる(凝乳)時の主たる役目を担っています。さらに、熟成チーズの旨みも、このカゼインが分解されてアミノ酸化する事によるため、チーズにおいては極めて重要な成分と言えます。
カゼインは、乳を20°CでpH4.6にしたときに沈殿するたんぱく質」と定義されている微細粒子です。牛乳が白く見えるのは、このカゼインの粒子が当たった光を白濁色に散乱する事によるものです。
◉ホエイプロティン
乳から乳脂肪とカゼインを除いた水溶液(ホエイ=乳清)に含まれるたんぱく質の事をホエイプロティンと呼びます。ほとんどのチーズの製造工程でホエイは排出されてしまうため多くのチーズにホエイは含まれない事になります。
🧀脂肪
乳中の脂肪は脂肪乳と呼ばれており、各種脂肪酸とグリセリンで構成されています。絞った乳を静置しておくと水より比重の軽い脂肪球が表面に浮いて来てきます。それが層の状態になったものがクリームです。クリームという言葉は、一般的に様々に使われていますが、乳等省令で定義されるクリームとは「生乳、牛乳等から乳脂肪以外の成分を除去したもの(乳脂肪分18.0%以上)」なのです。また、静置ではなく遠心分離機にかけてもクリーム抽出は行えます。
脂肪は、たんぱく質(カゼイン)につぐチーズの主要成分で、風味の形成に大きな影響を与えます。
ちなみに、ホモジナイザー(均質機)と呼ばれる機械を通すと、脂肪球は水分と同レベルの小さな分子に置き換える事ができ、その工程で出来た牛乳をホモ牛乳と呼びます。ホモ牛乳は、水との比重差がほぼ無くなるため、クリームの分離はされなくなります。
🧀乳糖
乳糖は乳中の水分に溶けている、砂糖の5分の1の甘さの炭水化物です。乳糖は、乳酸菌の餌になる部分において、チーズ製造工程では大きな意味を持ちますが、最終的にはホエイ排出の段階で分離されてしまうため最終的なチーズには殆ど含まれない事になります。
🧀微量成分
乳は、各種ミネラル、ビタミン等の成分をごく僅かに含んでいます。
🌟多様性に富む「乳」
🧀泌乳時期による違い
乳牛は、一般的に12-15ヶ月に一回出産をします(妊娠期間は約9ヶ月)が、出産後10-11ヶ月に渡って乳を出します(泌乳期)。
その後は3ヶ月ほど乳を出さない期間(乾乳期)があり、それが過ぎるとまた出産のサイクルに入ります。
乳のうち、産後最初に出る乳は「初乳」と呼ばれ、仔牛にとっては非常に重要な成分を多く含んでいるのですが、強い抗菌力等、チーズを含めた乳製品の製造には向かないため、産後5日間の乳は出荷してはいけない事が定められています。泌乳量と成分の特徴には以下のようなポイントがあります。
- 出産後1.5-2ヶ月が最も多く、その後減少してゆく
- 初産よりも2産目以上の方が多い
- 乳脂肪や乳たんぱく質の割合は、産後100日目あたりが最も低くなり、その後また上昇する
- 夏季は低く、冬季は高い
🧀動物の種類による違い
家畜動物というと全世界で圧倒的に牛のイメージが強いと思いますが、チーズに利用される乳を排出する獣は主に、牛、羊、山羊、水牛の4種です。
◉牛
産乳量の多いホルスタイン、固形分特にジャージーが世界的に多く飼育されており、中でもジャージーは脂肪分も多く歩留まりが良い牛乳です。また、山羊、羊、水牛と異なり、餌の草に由来するβカロテン由来の色が乳に移行するため、凝固したチーズやバターの色が黄色くなるという特徴があります(他の3種はビタミンAレチノールに変換されるため白のまま)。
◉山羊
山羊は最も家畜化の早かった獣で、ザーネン、アルパイン、などが有名な品種です。
◉羊
乳量は少ないが固形分は多いため歩留まりが良い乳種です。フライスランド、ラコーヌ、マンチェガあたりが有名。
◉水牛
南イタリアで作られるモッツァレッラが最も有名ですが、場所によって熟成チーズを作っている所もあります。
🧀飼料の種類による影響
家畜になり得る4つの草食動物は、4つある胃のうちの最も大きな胃の中に膨大な数の細菌や原生動物が生息しており、そのおかげで繊維質の多い草をエネルギー源に変えて体を成長される事ができます。
当然ながら、乳は餌由来によるので餌の種類により性質に影響が出ます。従い、季節によって食べる草が異なる移牧による場合、夏季にとれた乳によって作られたチーズと冬季にとれた乳による場合とは風味が異なります。
◉牧草
イネ科とマメ科がメイン。
◉野草
イネ、マメに加え、ハーブなども混在。
◉乾草
牧草を天日干しで乾燥させえた飼料。特に冬季においては重要な飼料です。ロールやブロックにして保管や売買がしやすいように管理します。
◉サイレージ
空気を遮断した状態で乳酸菌により発酵させた飼料の事を言います。原料には、草やとうもろこしの実や茎も利用され、貯蔵飼料として利便性は高いと言えます。ただし、チーズを発酵させる過程で、酪酸菌による異常発酵が起きるリスクがあるため、長期熟成のハードチーズ用の乳には使用を禁止している地域もあります。
◉濃厚飼料
消化しやすく栄養価の高い飼料のこと。